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どんぐり倶楽部はやがて消滅します

どんぐり倶楽部の掲示板は今春閉鎖されました。役割をほぼ終えた(必要な質問と答えはほぼ出尽くした)からだと思われます。

閉鎖される直前に、教育関係者だと思われるアマドックさんという方が書き込みをされ、糸山先生との質疑応答が繰り返されました。初めは分数の足し算が話題になっていたのですが、アマドックさんの真意は、「どんぐり倶楽部の断定形で語ること」に対する疑問だったようです。

アマドックさんは最後の書き込みで、どんぐり倶楽部のお母さんのブログに、以下の最後のコメントを貼り付けてくださいとおっしゃっているので、遅ればせながら、貼り付けました。

まず、糸山先生のやりとりが不快な印象を与えたことに対しておわびを述べられた後、ご自分の書き込みの真意を語っておられます。

どんぐり倶楽部の理論の根幹部分は大変すばらしいのは確かなことです。それはみなさんのお子さんが立証されているのでここで改めて述べるまでもございませんね。ただ、私が掲示板で伝えたかったのは分数の足し算のことではありません。いってみれば、あんなもの、どっちだっていいのです。一点だけです。どんぐり倶楽部が断定形で語ることがもしかしてこれからどんぐり方式で学ぶはずだったどれだけ多くの子どもたちを失っているかを考えてもらいたかったのです。私のまわりにも、どんぐり倶楽部の良さをうすうす感じている人はたくさんいます。ただあまりにも断定されるから非常に興味があるんだけどついていけないと、みなさん、口をそろえておっしゃいます。それがなければ、どんぐり倶楽部で学んでいるお子さんは、今の10倍以上に、いやもっとそれ以上にふくらんでいたと思います。それだけに残念なのです。皆さんもお気づきだと思いますが、今日本の教育は詰め込みの方へどんどん進んでいます。すぐきれる人間が増え、ますますわけのわからない通り魔的な犯罪が多くなりそうな兆候を感じています。そのような状況の今、どんぐり倶楽部の果たす歴史的役割は非常に大きいことはまちがいありません。もっとやわらかい感じの、外に開かれた新しいどんぐり倶楽部がこれからもっと大きく飛躍していただけるものと期待しております。失礼致しました。(学習相談の記録 BBS 2010年05月01日 extra)

ここに書いてある「あまりにも断定されるから・・・ついていけない」という人たちの気持ちですが、私もよく分かります。私も掲示板を知った頃、非常に反感を覚えていました。いわゆる「学者」でもないのに、信頼できるデータの厳密な検証で導き出した結果を載せた論文を書いているわけでもない人が、こんなにズバズバ決めつけたように「上から目線で」言うなんて、と。我が家の子ども達が問題を抱えていたら、言い方がきつかろうが、断定的であろうが、どんぐり倶楽部の理論を猛勉強したと思うのですが、特に問題がなかったので、「この先生、好きになれないわ」と思いつつも、なるほどと思うコメントが多かったので掲示板を読み続けていました。

この「断定的」ということに対して、糸山先生は、

2010.09/14<追記>※Itoyama注1)理論は予想や仮定でも断定しなければなりません

これは当然です。自分が大学で卒業論文を書いた経験からしても、~かもしれない、~だと思う、~らしい、では論文にはなりません。論文・理論とは、構築した考えを明確に主張する場であり、たとえ将来、ひっくり返される運命にあるとしても、書いた時点では確信したことを書くのですから、断定形です。その理論を受け継ぐ形で発展するにせよ、否定する形で発展するにせよ、元々の理論が、「~かも知れないけど、~かも知れない」というあやふやなものでは、どちらの発展も阻害されてしまいます。ですから、理論を述べた著書「思考の臨界期」において、経験則にせよ確信していることを断定的に書かれるのは、まっとうなことです。

私やアマドックさんが不快に感じたのは、著書ではなく掲示板でのアドバイスの口調が「断定的」なことです。教育しろうとの私ですら不快だったので、教育関係者で経験豊富であろうアマドックさんが不快感を感じるのも当然でしょう。けれども、様々な教育相談でも、回答する教育関係者・児童心理学者も、各々の立場から断定的に言っているのですが、言い方が柔らかいだけです。もし回答が「誤りがあるかも知れないが、私は~だと思います。でも、~という説もあり、また~と言う人もいます」では、相談者は益々混乱するだけですから。糸山先生も、どんぐり倶楽部の掲示板にアドバイスを求められた以上、自分の立場から「断定的」に言うのは当たり前です。まったく考えが異なる先生の掲示板なら、同じ質問に対しても、「断定的に」別の答えが返ってくるはずです。

アマドックさんも言っておられますが、

非常に気になるのは、・・・・・どんぐり倶楽部は思考回路が作られるのはある時期を境目に手遅れだというような言い方をされますよね。そのような言い回しでその年令を過ぎたお子さんをお持ちのお母さんはいかに傷ついているかと思うのです。(4月30日)

同感です。アドバイスにおいては、たとえ理論に全く誤りがないとしても、アドバイスを求めている人の心境と置かれている状況を考慮すべきです。希望を持たせて、何をすればいいかを言うのがアドバイスです。「手遅れです」と言われて、質問者が絶望してしまっては、何の解決にもなりません。

けれども、糸山先生は「手遅れです」と申し渡しているだけではありません。確かに、特定の時期に、特定の部位・能力が発達するということはあります。視力が出る時期に眼帯をすると視力が発達しないというように。でも、ここで問題とされるのは、「思考回路」の発達であり、余程特殊な暮らしをしていなければ、程度の差はあれ、思考回路は発達せざるを得ません。ただ道を歩いているだけでも、向こうから自転車が走ってくれば、このまま歩けば衝突するとイメージし、自転車を避けるという行動をとります。これだって思考です。思考回路発達時期を過ぎてしまっても、ある程度の思考回路はあるのだから、それを有効活用するべきだというのが糸山先生の考えです。ここに、希望が見いだせると思うのです。

ですから、「思考回路作成の旬は過ぎてしまった。もっと思考回路を豊かに出来た可能性をつぶしたことに対して親は責任を感じるべきだけれども、出来ている思考回路を有効活用することで、よい人生が送れるように配慮しましょう」ということです。つまり、問題の指摘と希望・指針をセットにするべきなのです。糸山先生の場合、前半の親の責任喚起の部分が目立っているので、反感を買いやすいのでしょう。もしくは、どこかに両者をセットにしていないコメントがあったのかも知れません。子どもの成長は待ったなしなのだから、今すぐにでも親は真剣・本気になれ、という気持ちが強いのでしょう。

世の中に全くハンディの無い人はいないと思います。私自身、幼稚園から今まで、薬と縁が切れたことなど一度もありません。幼稚園の頃には既に貧血で、息が切れやすいし、おまけに、喫煙したこともないのに肺気腫気味です。小学校時代は目が過敏で、日当たりに出ただけで充血。溶連菌感染も長く治らず、抗生物質を飲みつつ、しょっちゅう扁桃腺を腫らして40度の熱。中学に上がる頃から、偏頭痛が始まり、一度起これば数日連続なので、中学~大学時代で頭が痛くない日と痛い日は半々くらい、保健室の常連客でした。自分が自由に使える時間は、他の人の半分だと思い定めてやりくりしていました。

健康のこと、家庭環境など、探せば誰でもハンディはあるはずです。

そのハンディが「思考回路」の量であった場合、どうすればいいか。アドバイスは正しい現状認識を教えると同時に、常に希望と指針を与えて終わればいいのです。

この掲示板のやりとりを読んで、私自身は糸山先生より、アマドックさんに似ている気がしました。恐らくアマドックさんは、他人との衝突を避け、熟慮してから慎重に発言するタイプではないかと思います。掲示板は何年も前からあったのに、やっと発言されたということは、よくよく考えた末のことだったと察しています。

ところで、「断定的」だから、どんぐり倶楽部は嫌だと言われることがあるのですが、そもそも、「どんぐり倶楽部」などという団体はありません。私も入会してメンバーになったわけではないのです。入会も退会も、会費も入会金もありません。

どんぐり倶楽部憲章は、

1.子供達の力を信じる          
2.無理なく無駄なく効果的な学習指導をする
3.<考える力>を身につけさせる     


2と3は、どんぐり理論を知れば分かるように、手荒に要約すれば、文字・数字・記号などの操作ではなく、イメージを大事にする学習法によって、考える力をつけることです。イメージを大事にした学習法を選んでいる人たちの、あるようで無いような、意識的・無意識的つながりがどんぐり倶楽部です。

ですから、糸山先生は断定的だ、けしからん、もう関わりたくないと思っていても、イメージを大事にした丁寧な学習指導をしていれば、「心ならずも」どんぐり倶楽部に入ってしまっています。それくらい、どんぐり倶楽部は、組織とは言えない、アバウトなものです。

でも、HPには、どんぐり倶楽部を「設立しました」と書いてあります。あえて、どんぐり倶楽部の組織的な機能を書くとすれば、途方に暮れた親の相談窓口の選択肢のひとつになっていることでしょう。相談窓口には色々ありますが、学習と子育てを分離しない、どんぐり倶楽部の理論の観点からのアドバイスを聞いてみたいと思った時に、メールで非常に気軽に相談できます。勉強のことも、子育てのことも。先生に相談するのは気おくれするなら、どんぐり倶楽部方式経験者の親のネット上の集まりがあるので、より気軽に話が聞いてもらえます。この集まりでさえ、入会したり退会したりする集団ではありません。

私の勝手な推測ですが、実は、このような曖昧模糊(あいまいもこ)とした、あるようで無いような存在の仕方は、当初から目指されていたのかもしれません。国の学習指導要領のような強制的な物ではなく、親・教師が自ら選んでやってみて、特定の年齢・学習分野だけではなく、子どもの何年にもわたる成長を見た結果、どんぐりを知ってよかったと思う人が自然に増える。(勿論、実証の結果、修正も加えながら)そういう人が、親・教師の先輩として、相談にのったり、助言したりする。その先輩・後輩の関係のあり方には、公園で、先輩ママが若いママの悩みを聞いて、赤ちゃんを寝かせるコツを伝えるような気軽な関わり合いも含む・・・。つまり、どんぐり倶楽部の理論を多かれ少なかれ取り入れているという点で、直接接触したことがなくても、つながりはある。でも、関わり方は自由(利用するだけの人もいれば、教育者として積極的に取り入れる人もいる)。そういう人たちをひっくるめて「どんぐり倶楽部」が存在しています。

そして、HPのどこだったか検索して見つけられないのですが、「どんぐり倶楽部はやがて消えます」といった趣旨の言葉がありました。多くの教育関係者が、考えるとはイメージし、それを操作することであって、2+3=5 という数字と記号の並び方を覚えることではないと気付いたとき、メソッドに細かい違いはあれ、イメージを大事にした教育法が当たり前になり、とりたてて、これを「どんぐり方式」と言う必要さえなくなることを、期待を込めて予言した言葉だと思います。

(追記)アマドックさんが「どうでもいいこと」と書いておられる分数の計算方法の掲示板でのやりとりを読むと、一見、考えが対立しているような印象を持たれる人が多いかも知れません。でも、私には、お二人が対立しているようには思えず、どちらの言い分も「ごもっとも、ごもっとも」と思って読んだのですが、どうでしょうか?まとまれば、私の感想を記事にしようと思います。アップできたら、「小学校教育にはしろうとである者の考え」として、軽く読み流してください。
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Author:ハーモニー108
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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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