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「思考の臨界期」は分からない?

先頃、どんぐり倶楽部とは関係ない、ごく一般向けの読み物に、小脳と考えるという行為の関係が書いてありました。それによれば、大脳で意識して一所懸命考えたことは、小脳に思考回路として貯められ、無意識に考えるようになる。無意識で考えていたのだから、何かを思いついた本人は突然「ひらめいた!」と感じる。思考力養成とは、小脳に沢山の思考回路をためることだ、という趣旨でした。

この箇所について、
夫「あそこはまゆつばだな」
私「でも、理研(理化学研究所)もそう言ってるよ。」
夫「へえ。けど、反射のことだろ。」

私はこの時、どんぐり倶楽部の話はしませんでしたが、言うまでもなく、何年も前からどんぐり倶楽部の理論で言われていることです。

小脳と大脳の関係が分かるとヒラメキも分かります。
運動の練習では、意識しながら(考えながらor確認しながら)手足を動かしていますが、
慣れてくる(納得回路が作られて小脳にこの回路が写し取られる)と
意識しなくても運動ができるようになります。
(中略)
つまり、小脳の動きは意識されずに行われることに属するのです。
大脳で作られた思考回路を小脳が写し取って無意識のうちに
考えを継続していてくれるのです。(どんぐり倶楽部「思考の臨界期」pp.406-407)


夫は「思考の臨界期」も読んだことがあります。その時の感想は、
「新しいことを言う人は、何でも知ってるように書く」
という否定的なものでした。「あそこはいいけど、ここは疑問だ」という冷静な分析的姿勢ではなく、全否定です。

今でもどんぐり倶楽部の理論には否定的なようで、私が1月27日に「どんぐり倶楽部でなくてもいい」という記事を書いて、それに拍手がたくさん入ったので嬉しそうでした。特に、この記事の最後の、「どんぐり理論とて、誤りがある可能性がゼロとは言えません。研究が進み、訂正すべき点も出てくるかも知れません。」という部分が気に入ったようでした。

否定的な感想を持ったにせよ、「思考の臨界期」で小脳と考える行為について読み、同じ事を、別の物で読んでもやっぱり読み取れない。小脳で無意識に考えることは深く考えることだということなのに、「反射」と取り違えてしまうのです。

がっかりしました。なぜなら、夫はいわゆる難関大学の大学院を出た理系の研究者だからです。専門は脳科学とは全く違いますが、それでも理系的内容の文章には慣れているはずです。そういう人であっても、どんぐり倶楽部の理論は理解不可能なのだという事実に愕然(がくぜん)としました。理系研究者でも読み取れないのなら、そうでない人に分からなくても当然かと思い、このブログでどんぐり倶楽部の理論について書くことの意味があるのだろうかと、気分がふさいでしまいました。

私は大学の文系の学部を卒業しています。私が所属した学部では卒論があり、卒論に試問というものがありました。試問では、論文について先生に色々な質問をされたり、論文の欠点について追求されたりするのです。私の専攻では、学生1人に対して2人の先生が担当されていました。厳しいことで有名で、3年生の時は、泣きはらした顔で試問から帰ってくる先輩の4年生の姿を見て、「明日は我が身」と思い、ぞっとしました。

私の受けた試問も当然厳しく、赤ペンでギッシリと書き込みをした私の卒論のコピーを見ながら、2人の先生が「どうして、ここはこう言えるのですか?」「論文というものは1行1行に裏付けがないといけません」などと代わる代わる追求。その厳しい試問で、たったひとつ先生がほめてくれたことがありました。それは、

「あなたの論文のいいところは、分からないことは分からないと書いているところですね。」

この一言は、その後の物事に対する姿勢にかなり影響しました。つまり、

よく知らないこと・分かっていないことを、よく知っている・分かっているかのように言ってはいけない。

1月27日の記事の末尾もこの姿勢を反映した文です。「思考の臨界期」が扱う範囲は広く、内容の全てを自分で確かめられたわけではありません。多くは現在や子どもの頃の体験で確かめられ、納得できることですが、例えば、無意識な思考が深く考えることにつながることは体験的に分かっても、それをやっているのが小脳だとは自分では確かめられません。現在の脳科学では小脳だと結論づけていても、研究が進んで別の部位だと判明するかもしれない。そういう意味で、「訂正すべき点も出てくるかも知れません」なのです。

研究論文を日頃から読み慣れている人が、どうして分からないのだろう、と考えました。

現時点では、結局、ふたつの感受性・感度の問題だろうと思っています。

どんぐり倶楽部で「子どもを感じる」ことが大事だというコメントが所々あります。子どもがある体験をしたり、言葉を言われたとき、親である自分が「子どもがどう感じているか、どう思うか、どう受けとめるか」ということが分かる・感じられる、子どもの感受性に寄り添えることを指しているのだと思います。平たく言えば、子どもの目線になれるということです。

もう一つの感受性・感度は、子どもに対してではなく、自分に対するものです。上の「思考の臨界期」の引用の部分を読んで、私はすぐ自分がやっている、どの行為のことか思い当たりました。(1月3日「深く考える」にも書きましたが。)そういう自分の頭や心の働きに気付ける・敏感であることが、どんぐり倶楽部の理論を理解できるかどうかの分かれ目であるように思います。

そして、理論的なことは高等教育で身につけることはできますが、感受性・感度は学歴とは関係ありません。高い方がいいわけでもなく、低い方がいいわけでもありません。日常をどう過ごすかにかかっているのでしょう。感度が鈍るとは、親がいつも怒鳴っていれば、子どもも怒鳴っているとは感じずに怒鳴ってしまうようなことです。

読書好きでなければ「思考の臨界期」はさっぱり分からないと言う人も多いと思いますが、分からないと言う人の中には、子どもの感じ方が手に取るように分かって、読まなくても内容のかなりの部分が既に分かっている人も沢山いらっしゃると思います。

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コメント

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やっぱりいいから

こういう書き方をするのはもうひとつかもしれないけど、
ご主人は、頭脳明晰だからこそわからないんじゃないかな。
頭が回りすぎてわからないっていうか。
わかることと論理的な思考ができることとは、
似ているようで違うことだと思います。

前の記事に拍手が多かったのは、みんな、
「どんぐり倶楽部でなくていいのかもしれないけど、
やっぱり、どんぐり倶楽部がいい」と思っているからです。

どんぐり理論に間違いがあったとしても、
私は全然かまへんけどなあ。
完全に破綻のない理論なんてないようにも思うので、
ちょっとゆるいところがあったほうが、
私としてはしっくりきます。



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No title

いろいろなコメントをいただいたのでまとめてお返事します。

日常的に「サイエンス」「ネイチャー」などの雑誌を読んでいるので、私はちょっとショックだったのですが、結局、その後どうなったかというと・・・夫が再度独自に諸研究をリサーチし、「やっぱり自分の勘違いだった」という結論になったようです。

小脳は意識できない(無意識の)行動を司るところなので、無意識→反射と思ったのかな?

専門用語としての「反射」と一般的に使われる言葉としての「反射」は微妙に違っているのかもしれません。(専門的定義は知らないのですが) バスケットボールなどで優れた選手が、瞬時に適切な動きをするのも「(考えるより前に体が)反射的に動いた」と言ったりしますが、それは練習で、色々なケースについて「考えて」適切な動きはこうだと体にしみこむほど習得していたから、いざという時に、そういう動きが出来たのであって、「反射」とは似て非なるものですよね。こういう使われ方をするので「反射」の言葉のとらえ方を早とちりしたのだと思います。

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「思考の臨界期」読んでます

5歳の子どもの母です。どんぐりを1年半前に知り、早期教育をやめ、どんぐり理論を学びながら、子どものテンポを大切にした子育てをしています。
私は、ごくごく普通の大学を出ていて、アタマもごくごく普通レベルの人間と思います。でも、子どもを感じながら、テンポを大切にしながら、じっくりゆっくり子育てをしていると、「思考の臨界期」の内容が理解できます。時々難しく感じる部分もありますが、目の前の子どもを見ていればよくわかります。そして、私自身のことや、周囲(特に会社の上司や同僚)を例にとって読んでます^^。
今、自分にとって、とてもこのどんぐり理論が必要で、私のすべてが今これを欲しているからでしょう。素直に、書かれていることを受け入れられるのかもしれません。
ハーモニーさんの記事を読ませてもらって感じるのは、お子さんのことをとても大事に思ってらっしゃるのだなあということです。
お話の内容も、私のようなものからすると、とても深いなあと感じることも多いですが、ハーモニーさんがこのブログで伝えようとされていることはとてもよく伝わっています。これからも続けてくださいね☆
私のように、どんぐり歴が浅いものには、頼りになる存在ですっ!!

Re: 「思考の臨界期」読んでます

読んでくださって有り難うございます。

> 5歳の子どもの母です。どんぐりを1年半前に知り、早期教育をやめ、

おやめになったからには、何か感じることがあったのでしょうね。私の弱点は早期教育をしていないことなんです。やってないので、弊害については、自分の子どもで見た弊害ではなく、よそのご家庭のお子さんを見て感じたことしか書けないのです。

>思考の臨界期」の内容が理解できます。時々難しく感じる部分もありますが、目の前の子どもを見ていればよくわかります。そして、私自身のことや、周囲(特に会社の上司や同僚)を例にとって読んでます^^。

自分の経験や子どもを見ていると「確かに、そうだよな~」て思いますよね。「思考の臨界期」も各項目に実例があれば納得できる人が多いと思うのですが、実例無しでもあの分量ですから無理ですね。実例提供が親のブログの意義かな。

> 今、自分にとって、とてもこのどんぐり理論が必要で、私のすべてが今これを欲しているからでしょう。素直に、書かれていることを受け入れられるのかもしれません。

こども達がスパルタOKの年齢になったので、私は「これがなくては!」というより、もっと距離を置いて客観的にどんぐりを見ています。そのように見ても、やっぱり自然というか、いびつなところが無いんですよねえ。それでも、実生活でどんぐりの話をあまり口にすると、「頭がいかれてる」ように見られるので、冷めた態度を心がけてます。

> ハーモニーさんの記事を読ませてもらって感じるのは、お子さんのことをとても大事に思ってらっしゃるのだなあということです。

大事に思っている割には失敗も多くて・・・。

>とても深いなあと感じることも多いですが、ハーモニーさんがこのブログで伝えようとされていることはとてもよく伝わっています。これからも続けてくださいね☆

深いというより、子どもが成長したので、12、15歳時点での結果が見えていて、そこから書いているので、幼児・小学生のママさん達のブログとは視点が違うのだと思います。少ないならが同じ子どもを長期間にわたって見てきた立場から書いているので、塾・学校の先生のブログともひと味違った物になっているのだと思います。

いずれにせよ、言いたいことが伝わっているのが分かって嬉しいです。

文章にするのが難しいネタが残ってしまって頭を抱えているのですが、ぼちぼち書きましょうか。あまり積極的にバンバン書くと、「素人が生意気なこと言って!」と思われて、どんぐりの印象が悪くなりそうなので、地味に続けます。

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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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