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X(エックス)登場(4M62)

ゆとり教育が見直されて学習内容が増加することになりました。小6のパセリの教科書にも、教科書に掲載されていない増加部分は付属冊子になって配布されています。この増加によって、小6ではxとyが登場しました。

私は小学校教育に携わっているわけではないので、xとyを小6で扱うことになった経緯は知りません。中学で突然登場させるより、小学校の終わりで、少しでも触れておけば、小学校から中学校へのつながりがスムーズになるという理由なのだろうかと、勝手に想像しています。

けれども我が子を通して知る小学校の様子からすると、xとyを従来より前倒しで導入することに意味があるのだろうかと思ってしまいます。小学校卒業を控え、娘の担任の先生は、分数が理解できない子に放課後教えるという涙ぐましい努力をしておられます。卒業に伴う様々な準備で非常に忙しいはずなのに。

私の知る限り、小学校中学年で繰り上がりの足し算が理解できない子はいるし、小6で分数・百分率・比といった割合の概念が理解できない子は沢山います。そういう子どもたちがいる集団に、貴重な時間を使ってまで、一斉授業でxとyを教える意味があるのだろうかと思わざるを得ません。

小学校の勉強に付いてこれた子にとっては、xとyに触れさせる意味があるという意見もあるかもしれません。けれども、小学校の過程を「深く」理解できていれば、xとyの扱いは、あまり大きなハードルになるとは思えないのです。そう感じる根拠の一例が4M62です。

問題の概要は、
ケーキ6個と150円のプリン1個の代金は、同じケーキ1個と80円のシュークリーム1個の代金の5倍。ケーキ1個はいくらか?

これをxを使って解いてみます。ケーキの値段をx円とすれば、問題文は、
6x+150=5(x+80)
    =5x+400
従って、x=400-150=250 となり、ケーキは250円です。

この問題のパセリ(当時小3)の答案。

4M62螟ァ_convert_20100212141746

左ページの右半分に、いちごが載ったケーキ1個と80円のシュークリーム1個が描いてあります。シュークリームが丸をふたつ横に並べた形になっていて、ふたつ描いているように見えますが、本人は丸ふたつでシュークリーム1個のつもりです。

その左側に、先ほどの「ケーキ1個+80円のシュークリーム1個」の5倍の値段になる「ケーキ6個と150円のプリン1個」が描いてあります。この時点で、6x+150=5(x+80)と同じ事をしています。

「ケーキ1個+80円のシュークリーム5個=x+80」の5倍は「ケーキ5個+80円のシュークリーム5個=5(x+80)=5x+80×5」になるはずです。これと、先ほどの「ケーキ6個+150円のプリン1個=6x+150」を比べると、ケーキ5個(5x)は共通です。そこで、ケーキ6個のうち5個は囲んであるわけです。残りのケーキ1個+150円のプリン=x+150が80円のシュークリーム5個の値段=80×5に相当することが分かります。つまり、ケーキ5個を囲んで残りと別にすることは、6x+150=5(x+80)を変形させて、x+150=80×5とすることです。

右ページでシュークリーム×5(=80×5)=400、シュークリーム5個-プリン1個=400円-150円を計算して、ケーキ1個250円だと分かりました。これは、上に書いた式 x+150=80×5(=400)を解いて、x=400-150=250としたことと同じです。

初めに書いたように、算数の理解度はバラバラです。それでも集団で授業をしなければなりません。かけ算・割り算でつまずいている子どもが何人もいる教室で、全員に対してxやyを教えるくらいなら、小学校課程が充分理解できた子は文字式の準備として、この種の問題を図を描きながらやればいいし、理解できていない子はつまずいた箇所の概念を含む文章題を図に描くことをしていれば、無理・無駄が無いように思えます。

また、文字式というのは抽象的です。文字式の解き方を知ってしまうと、ケーキをxにしたとたんに、xがケーキだったことも忘れて、式をxについて解くことに専念します。自分の子どもが赤ちゃんだった頃からの事を思い出せば分かるように、人間の思考形態は具象から抽象に進みます。具象的なことが心底納得できていれば、同じ事柄の抽象的表現は以外とすんなり分かるものです。試しに、x、yを習ったパセリに「xというのは例えばこう使うんだよ」と、この4M62を文字式にして見せると、すぐ理解できていました。

×××××を5という一文字で表現できるのも具象→抽象ですし、5g+5cmが不可能だと分かるのも、5g、5cmという抽象的表現のうしろに具象的なものが透けて見えるからです。もし足してしまうなら、具象に裏付けられた安定した感覚が欠けているということです。私はルートとか無理数を習った時に、この不安定な感覚を味わいました。実感がないのに記号操作(計算)はできてしまう。その時の「落ち着かない感じ」からすると、小学生という時期に、実感が伴わない不安定な感覚を不安定なままにしておくのは不健康で、安定した感覚が持てるようにする必要がある気がします。

小学校教育にどこまで抽象的な事項を入れるかは、「心の健康上」慎重に検討すべき事だと思います。

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コメント

私らの時にも

去年の春、教科書と一緒に追加の部分をいただいた時に、
へええ! x.yなんてやるんやあ、と思いました。
でもまてよ、ゆとりで削除した部分の復活ってことやから、
私らの時には指導要領に、あったはずやよなあ、と思って、
文科省のHPを調べてみたら、載ってました!
それも、小5のところに。
教科書が手元にないから、どんな風な扱いやったか、
全くわかれへんのですけどね。

私自身は、x,yは中学で習った、という記憶しかなかったので、
けっこうな驚きでした。
ハーモニーさんが書いてはるように、
x,yは、小学生の間はなるべく遠ざけておきたいもののひとつやと、
私も思います。
抽象的なものは、概念が育ったところに与えないと意味がないのになあ。



確か・・・

私たちのころのx、yって、比の問題で使ってたような記憶があるんですよ。3:5=x:10 みたいな。方程式ではなかったように思います。小学校で出てくる比の問題は、ほとんどこのやり方でいけてたような。

No title

再度ご訪問ありがとうございます。

どんぐり倶楽部の事を詳しくは存じ上げませんが、僕の生徒の中にも野外活動などに参加している子がいます。

そうした自然に触れる活動は、当然子ども達にとって悪い事ではありません。

むしろ、障がいを持っている子どもにとって良いことだと思います。(健常児にとっても)

その意味は、「行動のバリエーションを増やす」、「行動の拡張スピードを早める」など、行動原理、強化原理に基づいた、環境との相互作用における行動の関係において有効だと考えるからです。


詳しくは、僕の日記を遡ってご覧いただくとおわかりになると思いますが、心理学の中にも唯一科学的なカテゴリーがあります。

それが「行動分析学」です。

科学的というのは、単に脳の話しを持ち出してきたり、発達心理学などの認知心理学が言うような個々の主観に基づいた理屈ではありません。

実験可能、且つ自然科学において単純な法則に基づき(科学の節約性)、それらが関数関係で表される (因果関係) という事です。


結局、「思考力」などというものは実体はありません。

だって見たことないでしょ、誰も。

それをあたかも実体があるように表現し、それによって行動が、つまり算数などをやっているのだとするのは、一見論理的に見えて実は循環論に陥っているので科学的ではないのです。


例えば、なぜ子どもが算数をするのか?という問いに対して、「思考力があるからだ。」と答えます。

では、なぜ思考力があるとわかるのか?の問いに対して、「算数をするからだ。」という答えになってしまいます。

これが循環論です。

これは、算数をする、という行動に対し、「思考力」があるという勝手なラベリングをしているに過ぎません。

つまり両方とも結局は、算数をしている、という行動を別な表現をしているに過ぎないのです。


また前述しました通り、「思考力」などというものに実体はありません。

近年、fNRIなどによって脳の活動状況などがリアルタイムで目視できるようにもなっています。

また、古くはブロードマンなどによって(ブロードマンの脳地図)などによって、身体機能における脳領域の特定も証明されてはいます。

しかしそれは、「算数をする」という行動の生起要因(原因)を特定するものではありません。

つまり、「そこが活動(活性化)しているから、算数をする」という事は科学的に証明されていないのです。

あくまでもそこがそうした機能を司っている、または何か行動をした時(考えるなどの内的行動も含め)そこに反応があった、という事を証明しているに過ぎません。




行動分析学は認知心理学と違い、行動の生起要因を皮膚の内側(医学モデル)に求めません。

つまり、環境(刺激 原因)との相互作用によって、行動(結果)が生まれると考えます。

行動はフィードバック(反復訓練)によって習熟、学習され、それによってまた環境に変化が起こる・・・。

こう考えていくと単純な法則によって行動を説明する事ができ、行動の制御も簡単に行えるようになります。



1930年代にB.F.スキナーが研究し始めたこの心理学は、行動の生起要因を体の内側に求めず、環境という客観的に観測でき、操作できる事象に求めるが故に科学的で論理的です。

そしてそれが故に行動分析学は、子どもたちから何をも奪い取りません。

また客観的であるが故に、誰も傷つけず、差別しません。

お勉強なさって損は無いと思います。

よろしければ、少しでもこうした心理学にも触れてみてください。

しまりすさん、アンカラママさんへ

私たちって、小学校でxを習ってたんですか!ぜーんぜん、覚えてませんでした。

どんぐり文章題だけでなくて、中学入試を見れば、今の小学校で学習する知識だけで深く考える問題は沢山あるのは一目瞭然。ゆとり教育で知るべき「知識」を減らしたのは良かったんだけど、減らしたことで浮いた時間を、心底理解する・深く考えることに振り向けるべきだったと思います。

ゆとり・非ゆとりを、知識の多い・少ないに結びつける発想しか湧かないのかなあ。

Re: No title

はじめまして。読んでくださって有り難うございます。

> どんぐり倶楽部の事を詳しくは存じ上げませんが、

どんぐり倶楽部は長年塾の先生をしていた方の(ほとんどネット上の)教育サポート機関です。理論書「思考の臨界期」は先生の長年の経験が執筆の出発点となり、科学的研究成果のリサーチや考察によってまとめられたものです。理論を裏付ける科学実験も掲載されています。小脳についてはライクルの実験が載っています。執筆後、科学的根拠になる研究は他にも出ています。日本なら理研、米国ならNIHです。

> そうした自然に触れる活動は、当然子ども達にとって悪い事ではありません。
> その意味は、「行動のバリエーションを増やす」、「行動の拡張スピードを早める」など、行動原理、強化原理に基づいた、環境との相互作用における行動の関係において有効だと考えるからです。

どんぐりは心理学ではなく、むしろ生理学的です。その観点からも、自然相手は非常に良いです。自然は不定形(全く同じ形の物がない)だからです。レゴで家を作るのと、木の枝を使って藪の中に秘密基地を作るのとでは、工夫の度合いが格段に違います。
>
> 心理学の中にも唯一科学的なカテゴリーがあります。
> それが「行動分析学」です。
> 科学的というのは、単に脳の話しを持ち出してきたり、発達心理学などの認知心理学が言うような個々の主観に基づいた理屈ではありません。
> 実験可能、且つ自然科学において単純な法則に基づき(科学の節約性)、それらが関数関係で表される (因果関係) という事です。

心理学というのは大半が主観的なんですか!知りませんでした。

> 結局、「思考力」などというものは実体はありません。

そうですね。思考力に限らず、体力も気力も判断力も。「力」とか「感情」などは全て。

> しかしそれは、「算数をする」という行動の生起要因(原因)を特定するものではありません。

どんぐり倶楽部で問題にしてるのは、算数をする・考えるなどの行動の原因ではありません。その行動を頭の中でどう行っているかです。実際問題として、5+6=11という繰り上がりの足し算が出来るようになる子どもと、繰り上がりが理解出来ないままに学年が上がっていく子どもがいます。

理解できない子どもの担任の先生だとします。この子に何をしてあげればをいいのかと考えますよね。そうすると、繰り上がりをするときに頭の中でやっていること(思考過程)を考え、それが出来るようにしてあげなければならないと言うことになります。

思考の生起要因がどうだろうと、思考そのものが目に見えなかろうと、今、目の前にいる子どもを救うためには、思考という行動の方法を教えなければ救えない。そういう目の前の緊急の必要性から、人間の思考形態を追求してまとめられたたのが、どんぐり倶楽部の理論です。

> 行動分析学は認知心理学と違い、行動の生起要因を皮膚の内側(医学モデル)に求めません。
> つまり、環境(刺激 原因)との相互作用によって、行動(結果)が生まれると考えます。
> 行動はフィードバック(反復訓練)によって習熟、学習され、それによってまた環境に変化が起こる・・・。

フィードバックによって習熟・学習される時に、皮膚の内側で何かが起こるから習熟・学習されるように思うのですが。すみません、理解が浅くて。

> 1930年代にB.F.スキナーが研究し始めたこの心理学は、行動の生起要因を体の内側に求めず、環境という客観的に観測でき、操作できる事象に求めるが故に科学的で論理的です。

参考になりそうですね。どんぐり倶楽部の理論を学びながら子育てする親の大きな難関は、「どうやったら子どもにじっくり考える習慣がつくか」なのです。子どもの置かれている環境が各人各様なので、答えは一言で言うと「環境を整えること」になるのですが、ここで「どう環境をととのえればいいのだろう」とまた悩んでしまうのです。

有り難うございました。

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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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