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「9歳の壁」とは?

今回の記事は本当に自信がありません。こんな状態で、このような大きなテーマについて書いていいのか迷いましたが、現時点での私の理解到達点をメモしておくために書きます。

「9歳の壁」という言葉は、もともと聾唖教育に携わっておられた先生が、何十年か前に、9歳頃から、聾唖児と、そういう障害がない子どもとの間に学力のひらきが出てくる事を指摘した言葉であるようです。このことからして、「言葉とは何か」について深い理解がないと教育ができないことを示唆していると思います。

私がどんぐり倶楽部に出会うきっかけになった、糸山先生の初めての著書は「絶対学力 9歳の壁をどう突破していくか」です。それから数年間、私は「9歳の壁」とは具象思考と抽象思考の間に立ちはだかる壁だと思っていました。つまり、壁を乗り越えたら抽象思考ができるようになるけれども、乗り越えられなかったら、具象思考しかできないと思っていたのです。おまけに、本の副題「9歳の壁をどう突破していくか」の意味も取り違えていました。「(突破するのが難しい)9歳の壁」をどうすれば突破できるか、という意味だと思っていました。ところが、


 残念ながら、抽象思考は誰もが出来るようになるんです。(どんぐり倶楽部HP、時々日記、2006年11月15日)
 ●デビュー作・「絶対学力」のサブタイトルを思い出してほしい。<「9歳の壁」をどう突破していくか?>です。...<どう突破>するかが、問題なのです。誰でも普通に<突破>するだけならできるんです。<どう>突破するのか。...そうです。絶対学力で突破するんです。...ね。最低の方法で突破するのか最高の方法で突破するのか。選択権は保護者にあるんです。(2006年11 月15日 追記)


なので、「9歳の壁」とは誰でも普通はできるようになる抽象思考の前にそびえている壁ではなかったのです。そして、副題は、突破が難しいといっているのではなく、突破の方法が大事なのだという意味だったのです。
ところが、「誰でも普通に突破するだけならできるんです」と書いてあるのに、


 残念ながら、抽象思考は誰もが出来るようになるんです。そして、その時期が<9才の壁>の前にたどり着いたというだけのことで越えてはいないのです。(2006年 11月15日)
 抽象思考は誰にでも出来るのです。乗り越え方(移行の仕方)が大事なんです。(2008年12 月12日)



と書いてあるので、抽象思考ができる=壁の前まで来たで、やっぱり突破(乗り越え)が難しそうな印象を受けて、先程の「誰でも普通に突破するだけならできる」と矛盾して、頭が混乱してきます。しかし、ここでやっと気づきました。


  自動的に誰もが移行できる<具象思考→抽象思考>をワザワザ<壁>とは呼びません。<専門家>でも勘違いしている人がいるようなので書いておきます。(同上、2006年11月 15日)
 「どんぐり倶楽部」での<9才の壁>とは.(同上、2008年 12月12日、 タイトル)


「9歳の壁」には2種類ある!一つは専門家でも勘違いしていることがある、「具象思考→抽象思考」で、もう一つは、「どんぐり倶楽部における9歳の壁」。

前者は、私が以前勘違いしていた方で、例えば、「文章題を解く時に、今日、初めて具体物でなく○や△で図を描いた、抽象思考成功、ばんざーい」というもの。

でも、どんぐり倶楽部では、この程度では「ばんざーい」ではありません。抽象思考が始まったぞ、たった一通りの考え方が抽象化できたからって喜んではいけない、多様な抽象思考が可能になるために、まだまだ具体的に考える機会を設けなくては、なのです。そして、その考え方の多様性は、感情再現を伴う高度な論理展開が出来る(2008年12月12日)ほどでなくてはなりません。この多様性を備える事の前に立っているのが、どんぐり倶楽部における壁。

感情再現を伴わなければならないのですから、当然、考え方を獲得する際の手法は、無味乾燥とした記号操作で獲得するのではなく、感情を伴うような具体的場面で行われるものでなくてはなりません。また、特殊な事情がなければ、誰でも普通に抽象思考ができるようになるのですから、抽象思考ができるようになるために抽象的な物で考え方を獲得しなくてもいいわけです。

では、何故、誰でも抽象思考ができるように成長するのでしょうか。ここからは、ますます自信がないのですが、抽象化すると頭の中でのデータ量が軽く、しかも、具体的な問題に直面したとき、応用が利くからではないでしょうか。例えば、2A×5=10A です。この表現は抽象的ですが、現実の生活では、A=友達、お菓子、鉛筆などなどにして使えます。この考え方を頭に保存しておくときに、具体的なままだと、Aが友達の場合、お菓子の場合、鉛筆の場合と、あらゆるケースで保存しておかないと役に立ちません。実生活ではAになり得る物が無限にあるからです。また、抽象化されていても、頭の中にある考え方のデータが、これ一つしかなかったら、複雑な現実に対応する思考方法が一つしかなくて、非常に困ります。現実に対応できません。逆に、他種類のデータを持っていると、考え方に幅が出ます。たくさんの考え方のデータを持つには、一つ一つのデータが軽い抽象的データの方が、頭の中に納めておくにも、データを扱うにも、少ない負荷(エネルギー消費)で済むし、しかも応用範囲が広い。

これが、抽象思考ができることになる利点・意味だと思っているのですが・・・・間違っているかも知れません。

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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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