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白い紙

先頃、文学界新人賞を、イラン人女性、シリン・ネザマフィ氏が受賞されました。10年前に来日し、大学で学び、日本で働いているそうです。非漢字圏の外国人が受賞するのは初めてです。仰天しました。数十年間、日本語で生活している日本人の私が、こんな駄文しか書けないのに、10年間、日本で暮らして、小説が書けてしまうとは。私は普段,小説をあまり読みませんが、受賞作「白い紙」が掲載された雑誌「文学界」を、生まれて初めて買いました。

「白い紙」の舞台は、イランとイラクが戦火を交えていた1980年代、イラクとの国境に近いイランの田舎町。主人公の女学生は、都会から越してきています。そして、同じ学校に通う成績優秀な青年と、思いを寄せ合うようになります。二人とも、気持ちを相手に伝えることもないのですが。戦争は続き、学生も戦地へ行く状況になる一方、青年は都会の大学の医学部に合格。しかし、彼の父親は戦地から脱走し、自分が戦地ではなく大学へ行けば、一人残された母親が、この小さな町で肩身が狭い思いをするだろうと悩みます。そして、結局、戦地に向かいます。

「白い紙」という題名の由来。学校の教師は生徒に向かって、人生は白い紙だ、自分で絵を描いていくんだぞ、将来のために努力せよ、勉強せよと怒鳴るのですが、青年は、主人公の前で、「自分が描けるのはこの白い紙の、半分だけだ」と、白い紙を二つに破って見せます。大学への夢を、断ち切るように。

選評の通り、筋書き、特に青年が戦地へ向かうラストはステレオタイプな気がしますが、私自身は、著者が自覚して書いた「確信犯的筋書き」ではないかと感じました。日本語表現上、気になる小さな点もいくつかあります。しかし、思わずうなる箇所もあります。特に印象に残ったのは、主人公が青年に会うため、モスクの礼拝に出かける時、着ていくチャドルを迷う場面。柄のある、高級な生地のチャドルに触れながら、

 生地の抜群の肌触りに指先が洗脳される。
  
私はイランを旅したことがあります。イランでは、女性は髪を隠し、ボディラインが分からないような服を着なければなりません。外国人旅行者も然り。頭にスカーフを被り、体の線が出ないゆったりした、最短でもお尻の下まで丈がある服を着て、かつズボンで足を覆うか、足首近くまでの丈の長いワンピースを着て旅をします。でも、女心はいずこも同じなのか、現地の若い女性は、かぶり物を頭頂部の方へずらしていたり、服の丈がぎりぎりセーフだったりします。

けれども、主人公が出かける先はモスク。ぎりぎりセーフの格好で、祈りの場へは行けません。丈の長いチャドルで、頭から足まで覆わなければなりません。とすれば、チャドルでお洒落をするしかない。ああ、このチャドルを身にまとった姿を彼に見てもらえたら。そもそも、女性の身体的魅力を隠すためのチャドルなのに、そのチャドルで魅力を最大限にアピールしたい誘惑に駆られるのです。しかし、洗脳されずに、我に返った彼女が選んだのは、誰にも気持ちを読まれない、無難で地味なチャドルでした。

引用した一文で、なんと多くの事を伝えていることか。言葉とはすごいものです。
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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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