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漢字学習の宿題

最近、あきれてしまったことを書きます。娘が通う小学校では、漢字ドリルを2種類配布されます。小学校6年生で学習する漢字に「寸」があることに気づき、2種類の漢字ドリルの「寸」の箇所を全て埋めると、何回「寸」を書くことになるか数えてみました。
ドリルA
・分かち書き(筆順通りに少しずつ書く部分を増やしながら書く)6マス。「寸」は3画なので、3マスで分かち書きをして、残り3マスに「寸」と3つ書く。
・「寸」だけを7回
・「寸」を使った熟語を2つ。各4マスで、余ったマスに「寸」だけを書く。
・「寸」を使った短文を考えて1つ書く。
ドリルB
・分かち書き4マス。従って余りの1マスにも「寸」と書く。
・「寸」を使った例文の読みと書き。

字の途中まで書く「分かち書き」が筆順を覚えるのに有効なのかという疑問はあるのですが、ここではそれは脇に置き、「寸」を何回書くか、ざっと勘定しても15回以上です。この3画の簡単な漢字を。どちらのドリルもコンセプトは、まず学習する漢字だけを書いて練習、そして、漢字は使えなければ意味がないので熟語や短文、と言うことだと思います。でも、6年生という最高学年で、たった3画の漢字を、こんなに練習する必要があるでしょうか。熟語と短文だけでも充分覚えられるのではないでしょうか。子供を侮辱しているのでしょうか。

娘の担任の先生は、「寸」に限らず、ドリルBのマスが埋まっているかは点検されません。「やらなくてもいい」という暗黙のメッセージだと思います。けだし英断です。(もう一歩進んで、ドリルAで書く回数も減らしてもらいたいですが。)書く練習の量を吟味すれば、ドリルは1冊ですみそうです。1冊になればドリルの売れ行きは落ちるからできないという言い訳は、教育現場に持ち込んではならないことです。

「寸」は極端な例ですが、どんぐり倶楽部で、音読・計算・漢字の宿題を「お粗末3点セット」と呼ぶのは、こういう工夫や吟味がされていない宿題事情を指しているものと思います。

6年生ともなると、学校から帰宅する時間は結構遅く、日が長い季節でなければ、帰宅後に外で遊ぶこともままなりません。だからこそなおさら、帰宅後の自由時間を1分でも多く確保してやりたいです。娘を見る限り、内容はクルクル変わりますが、常にマイブームがあるので、それを思う存分やらせてあげたいと切実に思います。そうすると、「寸」を15回書くような時間は、いかにももったいない。と言うわけで、余りに時間の無駄と思われる宿題は、私がやることがあります。担任の先生にも認めてもらっています。どんぐり倶楽部では、これを「自動宿題マシーン」と呼んでいます。

けれども、多くの場合、このマシーン導入には大きな障害があります。
1 宿題をやってもらうことが習慣になると、子供は義務を怠るようになる、他力本願になるという親の思い。
2 先生の指示を裏切りたくない、裏切るのが後ろめたい。また、友達に宿題を手伝ってもらっていることを知られるのが怖い、という子供の思い。

まず1ですが、義務教育というのは、保護者にとっては義務ですが、子供にとっては権利であって、義務ではありません。人間が定めた決まり事が絶対正しいとは限らないので、憲法をここに引用するのは、いささか不本意ではあるのですが、

日本国憲法第26条 
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

子供にとって権利なので、その権利を行使しないで、宿題しないことも出来るのですが、それにも拘わらず、宿題が義務的になっているのは、子供は自分にとって適切な教育を選び取るほど成長していないからです。そこで、大人が適切な教育を考えなければならない。従って、大人が考えて出した宿題はやらなければならない、となるわけです。だから、宿題は適切なものでなければならないのですが、「寸」を6年生が15回書くことが適切であるとは思えません。また、百歩譲って義務だとしても、義務を怠らないように育てる方法は、宿題をやることだけではありません。学校生活に限っても、日直の仕事、クラスの係の仕事、掃除、委員会の仕事等々があります。

次に2の子どもの気持ちについて。慕っている先生を裏切りたくないというのは当たり前だし、大事に守ってあげたい気持ちです。けれども、宿題は子ども個人個人に合わせたもの、同じものでも自分に合わせたやり方が出来るものでなければ適切になりません。「集団授業なのに、そんなこと不可能だ」というのは、工夫不足だと思うのですが、現状は簡単に変わらないし、変わらないうちにも子どもは成長していきますから、変わるのを待っているわけにはいきません。私の場合は、我が子には、宿題は個人に合わせるべきものであることを、たとえ画数の多い字であっても、自分の名前に使われている字なら、その字ばかりを多量に書くのは無駄だという例を出して伝えました。そして、先生は宿題をオーダーメードにする工夫を考える余裕がないほど多忙であると言って(本当に小学校の先生は気の毒なほど多忙です。深夜まで学校に残っておられるときもあります)、先生を慕う気持ちを守り、先生に無駄が多すぎると判断した場合は子どもがやらないことを、あらかじめ承知してもらうことで、子どもが後ろめたく感じないようにしました。幸い、子どもの担任の先生は、どの先生も快く承諾してくださいました。そして、こういった考えを理解をしていない友達が、我が子が宿題をしないこともある事を知れば、その友達にとって必要な宿題であっても真似して一切しなくなる可能性があるので、お友達には言わなくていいということにしました。

当たり前のこととして受け入れていることを、一つ一つあらためて丁寧に考えてみると、実は変なのでは、ということがあるものです。

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コメント

練習不要ですよね

寸なんて、1回も練習要らないのと違いますか。小3で「守」があって、書く練習は既にやってるのですから。「寸」を今あまり使わなくなったらか、優先度が低くなって、6年に入ってるのでしょう。先生は、6年で「寸」を勉強するのは、単に、読み方と意味の確認のみであることを意識してほしいですね。

ankmmさんへ

そうですよね。使用頻度順に並べた結果、寸が6年生になっているのだと思います。
この記事には、裏話があります。学校がいつもより早く終わった日に、娘がゆったりと、虫をつつきながら、ベランダの野菜の世話をしたり、園芸雑誌を見てました。そして、夜、寝る頃になって、「宿題が・・・」と言い出して、私は虫の居所が悪かったのか、「昼間いつもより時間がたっぷりあったのに、どうして、この時間まで宿題が残ってるのよ!」て怒っちゃったのです。
それで、あとですごーく反省して、この文章を書いたのです。

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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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