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シンクロニシティ

前回の記事で「シンクロニシティ」という用語を、意味も書かずに書いてしまいました。御存知の方も多いと思いますが、いわゆる「偶然の一致」のことで、互いに関係がないはずのことが、関係があるかのように同時に起こることです。互いに関係がないことが同時に起こるのは、確率がゼロではないので、例えば0.000001%の確率のことが、たまたま起こったのだというのが、シンクロニシティを否定する「科学的」「論理的」な考え方になります。けれども、当事者が「偶然にしてはできすぎ」と感じれば、シンクロニシティを肯定することになります。

私自身の立場は、肯定的な方です。ただし、かなり慎重な肯定派です。「かなり慎重」と言う理由は、まず、物事全てにシンクロニシティが起こっているという気持ちにはなれないこと。そして、シンクロニシティを、最近流行しているスピリチュアルな分野で言われる、天使とか守護霊などの働きに結論づけないで、まだ原因不明という立場にいたいからです。つまり、今は測定不可能だけれども、いつかは測定可能になるかもしれない何かに原因があるかも知れないと思っているのです。

何故肯定的かという理由は、祖父母の晩年を見てきた、全く個人的な体験からです。

母は4人きょうだいなのですが、4人とも実家を離れ、祖父母は二人で暮らしていました。そこへ、遠方で働いていたおじ(母の弟)が、「たまたま」転勤のため単身赴任して来て、一緒に暮らすようになりました。祖父が脳梗塞で倒れたのは、その三,四ヶ月後でした。母は実家から車で1時間半程の所に住んでいたので、以前から時々実家に顔を出していました。祖父が倒れたのは、「たまたま」母が実家に顔を出していた時でした。祖父は入退院をくり返し、1年半ほどして他界しましたが、その間、母は、ほとんど毎日、実家か病院に通いました。母が自分の父親の看病に専念できたのは、祖父が倒れる数ヶ月前、「たまたま」私の父が遠方に単身赴任して、家事が減ったからでした。母の妹は比較的近くに住んでいましたが、もう一人のおじ(母の兄)は遠方に住んでいました。そして、そのおじが「たまたま」出張でやって来て実家に泊まっていた時、祖父は亡くなりました。

数年後、祖母はくも膜下出血で他界しました。膝が悪いのと耳が遠い以外は健康で、生涯、健康診断などというものは受けたこともなく、風邪すらひかない人でした。おじは当時、まだ単身赴任が続いていて同居していました。祖母が倒れることになる日、おば(母の妹)が来ていました。電車で一時間かからないところに住んでいたので、よく来てはいたのです。いつもと違っていたのは、「たまたま」おじ(おばの夫)が珍しく夕食を外食することになり、祖母と同居しているおじ(母の弟)は帰りが遅いので、おばは夕食を祖母と一緒に食べてから帰宅することになったことでした。そんなことは、数年に一回あるかないかということでした。祖母とおばは、母娘二人で夕食を準備し、二人で食べ、二人で片付け、おじ(おばの夫)の外食という滅多にない偶然のおかげで、幸せなひとときを過ごして、片付け終わって一服しましょうといすに腰掛けたとき、祖母は頭が痛み出したのです。

いかがでしょうか。そばで見てきた私には、祖父母の最期は、偶然にしてはできすぎなくらい幸せであったように思えるのですが。
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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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