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知性をはぐくむ

小学校で「人権作文」を書く宿題が出ました。私には、この宿題の意図がさっぱり分かりません。大人でも「明日までに人権をテーマに作文を書いてこい」と言われて書ける人がどれほどいるでしょうか。ましてや小学生です。人権の意味すら理解しているか怪しいものです。大人だって子どもに「人権って何」と聞かれて答えられますか?「人の権利」では答えになっていません。こんな稚拙な方法で「人権意識」とやらを高めたり、いじめをなくしたり、ホームレスの人を襲撃しないように子どもを育てるなんてナンセンスです。

16日の記事に引用した、どんぐり倶楽部の掲示板の過去ログの文章は、平和教育はどうあるべきかという質問に対する答えの一部で、続きがあります。

●特に、事象が複雑で広範囲に及び、見方によって無限に解釈が可能な対象を扱う場合には自力で<問い>を育てることができる環境設定までで止めるのが理想的です。そして、先を調べさせないこと。さらには、大人になっても気になるように仕組んでおくこと。そうすると、何かの機会(を通じてそのことを考える機会)に巡り会ったときにその<問い>が原動力となって、その子が自力で動き出せるようになるんです。この辺が、理想的だと思います。 (2009年08月07日 09時00分23秒)

物事には、即断即決すべき事と、そうでない事があります。平和、人権、理想的な経済システムや政治体制、会社の経営方針、人生や苦難の意味、道徳や倫理、教育、命、死といった事柄は、深く考えなければならないことで、結論を急いではいけないことだと思います。

論理的に話し、即断即決ができ、てきぱき行動できる人は有能だと思いますし、超のろまな私にとっては羨ましくさえあります。でも、頭の回転が速くて、行動が迅速なだけでは底が浅い感じがします。迅速に行動するべき時は出来るのだけど、じっくり深く思索する時間を持たなければ、水面を走り回るだけで、水の底を見ようともしないアメンボのようです。何かというと科学を振りかざし、ロジカルシンキングを見せつけるように論理的に早口にしゃべり、さっさと結論を出そうとする人には、物足りなさを感じます。

何故でしょうか。ひとつには、思考停止ということがあるのだと思います。例えばまだ解明されていない不思議な現象(例えばシンクロニシティ)について、科学を持ち出してきて否定しても、先祖の霊とか守護霊とか天使などを持ち出して肯定しても、どちらも結論づけられてしまい、それ以上「なぜだろう」と考えなくなります。本当に守護霊を実感している人は別です。体験しているのですから実感でしょう。でも、「それは守護霊の働きよ」と言われて、鵜呑みにするのはおかしいと思うのです。

また、結論を急ぐべきでないことで、論理的に話を進め結論を手早く出してしまう人は、頭の回転は速いけれども、「結論が出ていない」中途半端な状態に踏みとどまれない、我慢できない、精神的な弱さがあるのだろうと思います。

けれども、すぐ結論を出せないことについて、色々な経験をしながら考えを深めていく働きが、本当の知性ではないでしょうか。

どんぐり倶楽部の算数文章題では、分からなかった問題に取り組むのをいったんやめて、後日、あるいは数年後にやってみることが勧められています。一回考えたことは、無意識に考えているので、二回目、三回目、四回目にやったとき、解けることが多いのです。例えば、三回目で解けたとしましょう。そうすると、初めてやった時に頑張って考える。解けなかったけど、やめた直後は時々問題のことを思い出したりもします。そのうち、潜在的な思考だけになり、二回目にやってみる。また解けない。でも、ここで、潜在的な思考から、意識的な思考をしています。そして、また、いつしか潜在的思考に戻り、三回目にやって解ける、となります。

以上は算数の問題ですが、「問い」を持ち続けるということにつながっていて、結構、意味が深い行為だと思います。例えば、経済学者が、冷戦構造無きあとの世界経済システムのあり方について考え続けるとします。大問題なので、しょっちゅう考えてはいるのでしょうが、トイレでも、家族と談笑しているときでも、テレビを見ているときでも、意識して考えているかというと、そうではありません。でも、なかなか答えのでない「問い」を持ち続けています。この、「問いを持ち続けること」、これが知性の働きだと思うのです。だとすれば、解けない算数文章題を保留して後日に回すことも、「問いを持ち続けること」に似ています。

学校や塾では沢山の知識を得ます。そして、テストとは、頭の中の知識を「検索」して、適切な知識を取り出す行為です。これは分からないことを問い続ける知性の働きとは違うことです。それにも拘わらず、学校・塾だけでなく家庭も含めてですが、教育では、この全く違ったことを共にやらなければならない。これくらいの事は知っていなければならないからと教えながら、知らないことを追求する知性の働きも育てなければならない。教育とは難しいものです。安直な作文に走らずに、「自力で問いを育てる」ように育てる手法は、もっと重視されるべきだと思います。

自由工作コーナー
娘9歳
クリスマスの飾り:プラ板にひいらぎ、トナカイ、天使の絵。ボールをラッピングペーパーで包み金色・銀色・赤・緑のリボンの飾りをつけて、吊せるようにする。

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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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