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これでバッチリ泳力テスト(パセリ流)

パセリのお話の続きです。

ミントとパセリは小学校低学年から、夏休みなどの長期休暇に、スイミングスクールの短期講習にたびたび通いました。ミントが、小学校高学年の臨海学校の遠泳があるから泳げるようになりたいというのがきっかけでした。パセリは運動全般が苦手ですが、それでも、この短期講習を繰り返し受け続けただけで、二人とも平泳ぎで長く泳げるようにはなりました。

短期講習は5~6日がワンセットで、泳力別グループで、グループごとの課題に取り組みます。講習の最終日にはテストがあります。一人ずつ泳いで、コーチのチェックを受け、合格・不合格が決まります。

パセリが教えてくれた泳力テスト心構え。

泳ぐ前 「できる!絶対できる!」と何度も心の中で言う。
泳いでいる途中 がむしゃらにとにかく泳ぐ。足が沈んで床に付いても、気にかけず、そのままとにかく泳ぎ続ける。

この方法で、本当に足が床に付いたのに合格しているんですよ。

コーチが甘いのか、よく見ていないのか、パセリの気迫に押されたのか?

謎です。

これでバッチリ作文宿題(パセリ流)

このブログで公開したどんぐり文章題の解答作成者、パセリってどんな子?と思われている方もいらっしゃると思うので、彼女について書こうと思います。

パセリの性格は・・・強気・前向き・楽天的。特別明るい方でもなく、暗い方でもないし、積極的に人の輪の中に入って行く方でもないのですが、内面はこの通りです。夫にも私にも似ていない性格で、自分のお腹から出てきたのが不思議なくらいです。やはり、性格というのは環境要因が強いのでしょうか。身近に似た性格の人を探すと、私の母と祖父(母の父)が似た性格なので、隔世遺伝なのでしょうか。私の感覚からすれば、「どうして、これが不安じゃないの、心配じゃないの?」というようなことが、彼女に言わせれば、「だいじょ~ぶっだってば、おかあさん!」です。

イントロはこの辺で終わりにして、本題に入ります。

作文の宿題、お悩みではありませんか?我が家のパセリが解決いたします。パセリと同じような性格の人は、この方法でバッチリです。

作文の宿題は締め切り前日まで見向きもしません。
締め切り前日の夕食後も、ゆったりくつろぎます。絨毯の上に腹ばいになって、お涙ちょうだい式の少女マンガのような題名の小学生向けソフトノベルを読んでいると、たいてい、内心「赤毛のアン」でも読んでくれたらなあと思っている私が我慢しきれなくなって、「あの~、作文は大丈夫?」と声をかけます。勿論、「大丈夫、大丈夫」という返事。

夜10時。
私「もう、寝る時間なんだけど・・・。」
パセリ「じゃっ、やるか。」
と、むっくり起き上がって、原稿用紙を広げ、机に向かいます。
ここからがすごい。考え込むことなく、猛然と書きまくります。ものすごいスピードで、あれよあれよという間に、マスが埋まっていきます。

パセリ「で~きた。作文のコツはね、ぎりぎりまでやらない。それで、あった出来事をずら~っと書けばすぐすむよ。」

以上がパセリの作文の極意です。勿論、極意は極意でも、いい作文ではなく、速く書ける極意ですが。本人も、いい作文ではないのは百も承知で、「作文が上手になりたいなあ」と言いつつ、いつも、この手段で書いてます。

ところが、まれには、あまりに短い作文しか書けなくて、もっと長く書くように言われます。
そのような時にはどうするか。


友達の手を借ります。

同じクラスの男の子二人に書き足してもらって無理矢理長くした作文を見せてもらったことがあります。付け足した部分は、「もうすぐ中学生になります。中学生になると~だけど、私は~だといいと思います。中学生になったら~しようと思います。」みたいな、どの作文の最後にも使えそうな、作文コンクール調文章でした。

こんな秘策があるなんて!

小6の時には、すでにマジメ人間だった私には絶対思いつかなかったです。


精神疾患への誤解

精神疾患には色々あるので一概には言えませんが、罹患した私の経験では、結構誤解されているように思います。

私自身の病歴を簡単に書くと、6年以上前に、明らかな原因(突然の精神的な強いショック)で、翌日から3週間ほど寝たきりになりました。その後は、頭はぼんやりしていたり、イライラすることがあるものの、起きて家事ができるようになったので、この時は病院に行きませんでした。

ところが、2年半後、今度はショックも無いのに突然寝付けなくなりました。多少のストレスはあるものの、大きな悩みもなかったし、ごく普通に過ごしていたのにです。不眠が始まる2日前から猛烈な下痢をして、昼夜を分かたずトイレに行っていたので、お腹の調子が良くなったときは、「ああ、今日から夜、眠れるわ」と思ったのです。なのに、寝付けなくなっていました。

内科で睡眠薬を処方してもらいに行ったときには、脱水と不眠で、診察室のいすに座っていることもできませんでした。睡眠薬の強度を上げても効果が無かったので、精神科に行ってみたのが通院のはじまりでした。「強度の不安+中~軽度の鬱」が一応の診断名です。

その後、他の治療法も併用して、今では寝込むほどになるのは、ひと月に1~2回です。

最も誤解されていると感じるのは、
「悩みがあるから寝込むんだ」
「具体的な解決策を考えないで、くよくよするからだ」
と発せられる言葉です。

そういう時もあるのですが、(潜在的にはどうか分かりませんが、意識できる範囲では)何も悩んでいないのに、体が動かないことが結構あります。

不登校の子どもが、学校に行きたいのに、朝になると嘔吐する、頭痛がするという感じに近いかもしれません。

ですから、「問題を取り除け」がトンチンカンな場合があります。本人が問題が分からないのに、そんなアドバイスでは、わざわざ問題が何かを考えて悪化してしまう可能性があります。

最近、このことを自覚したことがありました。横綱朝青龍が引退するとき、彼が起こした「問題行動」の総集編を放映していました。その中に、相手の力士のまげをつかむという反則がありました。これを見たとき、私は、父に髪を捕まれて部屋の中を引きずり回されたことを思い出しました。

でも、この記憶はかなり淡々と思い出せる事実になっていて、苦しい気持ちがよみがえるわけではなくなっています。それでも、体は敏感に反応しました。あっという間に寝たきりです。

潜在的には何かを感じているかも知れませんが、その何かを解消する方法も知らない人が、「過ぎたことはどうすることもできないので忘れなさい」などと言っても、本人が普段は忘れているので、全く的外れなのです。アドバイスできるのは、潜在的感情を癒して体にも反応が出ないようにできる手法を知っている人です。

精神的な疾患・問題を抱える人に、分かったようなことを言うのは傲慢です。

日本ブログ村

日本ブログ村のエントリーから降りた理由を、色々憶測して、尾ひれの付いた情報が飛びかっていけないので、簡単に書いておきます。

エントリーしたのは、もし上位に入れば「どんぐり倶楽部」の存在を知っていただけるという理由(作戦)でした。上位に入ってからは、宣伝効果を保つため、どんぐり倶楽部の考え方を知らない読者を意識して、私にしては、かなりの頻度で記事を書いていました。

小学校教育に携わっていない人間が、理論とその感想をぶちまけることの厚かましさも承知の上で書いていました。「どんぐり倶楽部」のカテゴリーである理論の方は、アイデアから文章化までが数時間~数週間かかるので頑張ったつもりです。

その結果、数ヶ月前から温めている重要なテーマはあるものの文章化の見通しはたたないし、今書ける主要テーマは書いてしまったので、あえて目立つところにいて読んでいただく価値のあるブログは書けそうもないので、ランキングを降りました。

現在、どんぐり倶楽部本体と、現役の小学校の先生の実践例のブログがランキング表の目に付く位置にあるので、それに加えて、ただの主婦に過ぎない私のブログの文章を読むのは、どんぐりを新たに知ろうとする人にとっては時間の無駄になると思いました。

一言で言えば、どんぐりを知らない人にとっては、私のブログは存在意義が無くなったと判断したと言うことです。

温めている重要テーマのいくつかを文章化できたら、再び戻るかも知れませんが、とりあえす、このへんで、ごきげんよう。

X(エックス)登場(4M62)

ゆとり教育が見直されて学習内容が増加することになりました。小6のパセリの教科書にも、教科書に掲載されていない増加部分は付属冊子になって配布されています。この増加によって、小6ではxとyが登場しました。

私は小学校教育に携わっているわけではないので、xとyを小6で扱うことになった経緯は知りません。中学で突然登場させるより、小学校の終わりで、少しでも触れておけば、小学校から中学校へのつながりがスムーズになるという理由なのだろうかと、勝手に想像しています。

けれども我が子を通して知る小学校の様子からすると、xとyを従来より前倒しで導入することに意味があるのだろうかと思ってしまいます。小学校卒業を控え、娘の担任の先生は、分数が理解できない子に放課後教えるという涙ぐましい努力をしておられます。卒業に伴う様々な準備で非常に忙しいはずなのに。

私の知る限り、小学校中学年で繰り上がりの足し算が理解できない子はいるし、小6で分数・百分率・比といった割合の概念が理解できない子は沢山います。そういう子どもたちがいる集団に、貴重な時間を使ってまで、一斉授業でxとyを教える意味があるのだろうかと思わざるを得ません。

小学校の勉強に付いてこれた子にとっては、xとyに触れさせる意味があるという意見もあるかもしれません。けれども、小学校の過程を「深く」理解できていれば、xとyの扱いは、あまり大きなハードルになるとは思えないのです。そう感じる根拠の一例が4M62です。

問題の概要は、
ケーキ6個と150円のプリン1個の代金は、同じケーキ1個と80円のシュークリーム1個の代金の5倍。ケーキ1個はいくらか?

これをxを使って解いてみます。ケーキの値段をx円とすれば、問題文は、
6x+150=5(x+80)
    =5x+400
従って、x=400-150=250 となり、ケーキは250円です。

この問題のパセリ(当時小3)の答案。

4M62螟ァ_convert_20100212141746

左ページの右半分に、いちごが載ったケーキ1個と80円のシュークリーム1個が描いてあります。シュークリームが丸をふたつ横に並べた形になっていて、ふたつ描いているように見えますが、本人は丸ふたつでシュークリーム1個のつもりです。

その左側に、先ほどの「ケーキ1個+80円のシュークリーム1個」の5倍の値段になる「ケーキ6個と150円のプリン1個」が描いてあります。この時点で、6x+150=5(x+80)と同じ事をしています。

「ケーキ1個+80円のシュークリーム5個=x+80」の5倍は「ケーキ5個+80円のシュークリーム5個=5(x+80)=5x+80×5」になるはずです。これと、先ほどの「ケーキ6個+150円のプリン1個=6x+150」を比べると、ケーキ5個(5x)は共通です。そこで、ケーキ6個のうち5個は囲んであるわけです。残りのケーキ1個+150円のプリン=x+150が80円のシュークリーム5個の値段=80×5に相当することが分かります。つまり、ケーキ5個を囲んで残りと別にすることは、6x+150=5(x+80)を変形させて、x+150=80×5とすることです。

右ページでシュークリーム×5(=80×5)=400、シュークリーム5個-プリン1個=400円-150円を計算して、ケーキ1個250円だと分かりました。これは、上に書いた式 x+150=80×5(=400)を解いて、x=400-150=250としたことと同じです。

初めに書いたように、算数の理解度はバラバラです。それでも集団で授業をしなければなりません。かけ算・割り算でつまずいている子どもが何人もいる教室で、全員に対してxやyを教えるくらいなら、小学校課程が充分理解できた子は文字式の準備として、この種の問題を図を描きながらやればいいし、理解できていない子はつまずいた箇所の概念を含む文章題を図に描くことをしていれば、無理・無駄が無いように思えます。

また、文字式というのは抽象的です。文字式の解き方を知ってしまうと、ケーキをxにしたとたんに、xがケーキだったことも忘れて、式をxについて解くことに専念します。自分の子どもが赤ちゃんだった頃からの事を思い出せば分かるように、人間の思考形態は具象から抽象に進みます。具象的なことが心底納得できていれば、同じ事柄の抽象的表現は以外とすんなり分かるものです。試しに、x、yを習ったパセリに「xというのは例えばこう使うんだよ」と、この4M62を文字式にして見せると、すぐ理解できていました。

×××××を5という一文字で表現できるのも具象→抽象ですし、5g+5cmが不可能だと分かるのも、5g、5cmという抽象的表現のうしろに具象的なものが透けて見えるからです。もし足してしまうなら、具象に裏付けられた安定した感覚が欠けているということです。私はルートとか無理数を習った時に、この不安定な感覚を味わいました。実感がないのに記号操作(計算)はできてしまう。その時の「落ち着かない感じ」からすると、小学生という時期に、実感が伴わない不安定な感覚を不安定なままにしておくのは不健康で、安定した感覚が持てるようにする必要がある気がします。

小学校教育にどこまで抽象的な事項を入れるかは、「心の健康上」慎重に検討すべき事だと思います。

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Author:ハーモニー108
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1995年早生まれの男の子(ミント)、1997年生まれの女の子(パセリ)の母親です。主として、目からウロコが落ちるステキな子育て・学力養成の理論&実践方法を提供しているどんぐり倶楽部について書いています。

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